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第32話 reincarnation

あれから2時間。
何とか荷物を全部外に出すことができた。
まだ掃除はこれからなのに、達成感が胸に湧いてくる。





第32話





「やっとここまできたね」
「本当、やっとだよ」


疲れたって言いながらぐーっと背伸びをした。
背骨がボキとか、ゴキとか嫌な音をたてる。
物がなくなった部屋は意外と広くて、少しビックリだ。


「意外と広いんだね」
「ね!私も思った!まぁ、あれだけ物があれば狭く思っても仕様がないんだろうけどね」


苦笑をもらして部屋の中をざっと見る。
後置いてあるのはロッカーや本棚、ホワイトボードくらいでほとんどのものは外へと出してしまった。
なんだか先ほどの印象と違って少し寂しい。


「さて、これからやっと掃除だね」
「うん!あ、みんなはどうする?」


ここまで手伝ってもらえれば、後は自分たちでも出来そうだと思い、後ろを振り返ってみんなに聞いてみる。
すると、みんなは何が?と言いたげにこちらを見ているので、言葉が少なかったと慌てて付け足した。


「ここまできたら、後は私たちだけでも掃除は何とかなりそうだし。今更だけど、自主練とかしにいっても大丈夫だよ?ね、透?」
「うん。折角テニス部に入ったんだもん。私たちの手伝いばっかりじゃもったいないしね」


今はまだ15時少し前だ。
まだまだ時間はあるし、掃除中にそこそこ仲良くなった(と思う)から、折角の自主練日なんだし。
そう提案すると、みんなは少し驚いたように目を見開いた。

またこの顔。今日は良く見るなー。
今日は先輩から始まって、いろんな人の驚いた顔をよく見る。
私たちってそんなに変なことを言っているんだろうか?(これでも平凡とか普通って言葉があてはまる性格だと思うんだけどな)
そう思って皆を見ていると、だんだん笑顔が浮かんできて。


「伊織たちがこう言っている事だし、折角だから練習しようか」
「ふむ。そうだな」
「では何かあったら、声をかけてくれ」
「今更遠慮なんかするんじゃねーぞ!」
「では行ってくるナリ」
「それじゃあな」


皆はそういってテニスバッグを肩にかついでテニスコートへと歩いていった。
まだテニスコートの周りには女の子たちがたくさんいるから、中に入るときは大変だろうな。
私と透は向き合って、改めて掃除を開始した。


「まずは、上からだったよね」
「うん。頑張ろう!」
「と、その前にホワイトボードはどかしちゃおう!」


気合を入れなおして、箒を手に取った。
まずは、天井とかロッカーの上にいる虫を何とかせねば。
箒を逆さに持って、蜘蛛の巣や埃を落としていく。
一通り蜘蛛の巣や埃を落とした後箒を見ると・・・。


「悲惨だ」
「何が?」
「・・・箒の毛先」
「うわぁ・・・・・・」


蜘蛛の巣や埃などいろんなものが絡まっている。
蜘蛛の巣なんて粘着性があるから手で取ろうにも取れないんだよ!
必死に格闘して手で取ったけど・・・手がべたべたする。


「ちょ、手洗ってくるね!」
「うん!行ってらっしゃい!」
「あんまり先に進めないように!!」
「あはは!はーい」


放っておくと自分ひとりで掃除を進めちゃう透に軽く忠告をして、水道のある場所まで駆けた。
ついでに一番近い水場を確認しようと思いキョロキョロと辺りを見回すと、ここから一番近い校舎の手前に水場を発見した。
近いのか遠いのか、よく分からない距離だが、テニスコートに入るときには水場のほうが部室よりも近いのでドリンクなどを作る時は楽そうだ。

私は一人うんうんと頷きながら、そこまで走っていった。


勢いよく水を出して手を洗う。
4月初めのこの時期、水はまだ冷たくてヒヤッとする。


「うひゃー、冷たい」


それでも手についた蜘蛛の巣をなんとか落として部室へ行こうと振り返る。


「うわ!」
「えっ!?」


目の前にいた誰かに、勢いよくぶつかった。
ぶつかった拍子に後ろに飛ばされて尻餅をついてしまった。
若干お尻が痛い・・・・・・・・・じゃなくて!
ぶつかった人!


「だ、大丈夫ですか!?」
「伊織こそ大丈夫かい!?どこか怪我とかしていない?」
「あ、部長!ありがとうございます、私は大丈夫です!部長はどこか痛めたりしていませんか?」
「ああ、俺は大丈夫だ。ほら、掴まって」
「あ、ありがとうございます」


私がぶつかってしまったのは湯沢部長で、尻餅をついて地面に座りっぱなしの私に手を差し伸べてくれた。
さすが部長!紳士だね!
私は遠慮なく部長の手を借りて起き上がるともう一度お礼を言った。


「ありがとうございます。ぶつかってしまってすみませんでした」
「いや、俺の方こそすまなかったな。今度からは気をつけるよ」
「(今度から)?それじゃあ、私は掃除に戻りますね」
「ああ、頑張ってね」
「はい!部長も自主練頑張ってくださいね!」
「ああ、ありがとう」


ふわりと笑った部長の笑顔を間近で見てしまって顔に熱が集中してくる。
部長の笑顔、すっごい綺麗!
私は少し顔が赤くなりそうになりながら部長には見られないようにと急ぎ足で部室へと向かった。







自主練の合間に今日入ったマネージャーの伊織と透について考えた。
彼女たちは今のところ合格だと俺の勘が告げている。
俺のこういった勘は良く当たるから、きっと今回も外れることはないだろうと思っていた。
そんな俺の期待を裏切らず、伊織と透は初日からマネの部室という名の倉庫の片づけを始めた。
マネージャーの仕事についても積極的に聞いてきたし、選手への対応も今のところ合格だ。
あの曲者揃いのレギュラー達さえ、彼女たちには好意的で。

今年はいい年になりそうだ。

俺は無意識に緩む口元を隠しきれずにいた。

水場まで走る伊織を見つけたから、思わず後ろをつけていったら手を洗っているみたいだった。
手に何かついたみたいで必死にそれを落とそうとしている姿はなんだか可愛い。
手を洗い終わった伊織が振り向いた瞬間、後ろにいた俺に気づいていなかったからか異様に驚いて尻餅をついてしまったのは俺も意外だったけど。
そんなところも可愛いななんて思ってしまって。

ああ、俺ももう彼女たちに侵されているな。
眩しいほどの光を放っているけれど、決して俺たちを傷つけたりしないその光に。
俺はもうその光が無くては駄目かもしれないって思ってしまうくらいには。

何度もお礼と謝罪の言葉を述べて部室へと走り去っていった伊織。
頑張っての言葉が嬉しくて、嬉しすぎて、また頬が緩んでしまって、伊織には変な顔を見せてしまった。
失態だな。

でも君に見られるならいいかもしれない。
君ならどんな姿だろうと、笑顔を絶やさずそばにいてくれるだろうから。


「さて、自主練頑張ろうか」


一人呟いて、テニスコートへと向かう足取りは軽い。
明日もきっと晴れるだろう。





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